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BAR R²

No.42

写真の前で

夕波市。この街に流れ着いて、まだ間もない。
とにかく、街を歩いて覚えなければ、何も始まらないだろう。

朝、駅前の喫茶店で珈琲を飲んでから、地図も持たずに北へ歩き出した。
小さな個人商店がぽつぽつと、シャッターを半分上げたままで営んでいる。
良い街だ、と素直にそう思った。

駅から二十分ばかり歩いた裏路地で、一軒の写真館の前で立ち止まった。
「夕べ写真館」。
古い、品のある木の看板。

ガラス越しに、店内が少しだけ見えた。
壁の奥に、額に入った一枚のモノクロ写真がある。

良い写真だ、と素直にそう思った。

何の予備知識もないままに、その一枚の前で、しばらく立ち止まっていた。
すると、店の奥から、年老いた男性がゆっくり出てきた。
「中、お入りなさい。立ったままじゃ、よく見えないでしょう」
それが、店主との最初のやりとりだった。

鳥羽 透 さんとおっしゃるそうだ。
御年七十そこそこには見えない、背の伸びた、品のある方だった。

その日、私はその写真館の中で一時間ばかり、お茶までいただいて、鳥羽さんの話を聞いた。
壁のあの写真は、鳥羽さんがずっと若い頃、奥様と一度だけ訪れた場所の風景なのだそうだ。
撮影地は、ご本人も覚えておられないという。
「あの頃は、夢中で撮っていてね。場所のことなんて、後でいくらでも分かるって思っていたんですよ」
柔らかい声で、そうおっしゃった。

奥様はすでに先立たれたという。
それからずっと、あの一枚を眺めるためだけに、店の半分を開けておられるのだそうだ。

店を出るときに、また伺います、と私は約束した。
鳥羽さんは「お待ちしております」と、深々と頭を下げてくださった。