No.378
懐かしいもの
秋の長雨が続いております。
客足の少ない夜だったので、ふと思い立って、店の奥の引き出しを片付けておりました。
藤巻さんが残していかれた、黒い革表紙の古いノートが、奥の方から出てまいりました。
譲り受けた時に一度だけ目を通したきりで、しばらく開いていなかったものです。
中身は、藤巻さんのお仕事の記録でした。お客様の個人にまつわる事柄ですので、ここで詳しく綴るわけにはまいりませんが、几帳面に、一件、一件を業務日誌のように書き残されておりました。
日付、依頼の概要、進捗、結末。
藤巻さんらしいと申しますか、感情の入り込む余地のない、淡々とした書きぶり。
おそらく、いずれ誰かに譲るおつもりで、こうして残されていたのだろうと思います。
私のような後の者が読んでも、すっと頭に入ってくる書き方でしたから。
ただ、ふと気がついたのは、これだけ几帳面に他人様のことを書き残された方が、ご自身のことについては、最後まで一行もお書きになっていないことでした。紺屋の白袴とは申しますが、藤巻さんはまさにそのような方だったのだなと、おかしさと、少しの寂しさが、同時に込み上げてまいりました。